クロニクル通信38

― 「クロニクル千古の闇」シリーズ完結記念講演会が開かれました!―
 

  
 2010年5月21日から7月13日まで、長野県の
絵本美術館「森のおうち」にて、「クロニクル千
古の闇」シリーズの表紙絵を含むイラスト展が
開かれました。
 それにともない、7月4日には、「クロニクル千
古の闇」シリーズ完結を記念して、翻訳者さくまゆみこ先生の講演会が催されました。なんと、
「クロニクル」だけの話題で1時間半たっぷりお話がうかがえるという贅沢さ!

 翻訳にあたってのご苦労や、この物語のどんなところに惹かれたか、など、ファンにはこたえ
られないお話でした。
 今回の「クロニクル通信」では、その講演会の
模様をレポートしたいと思います。
              

 
 
  ▲木々に囲まれ、涼しげな様子の「森のおうち」

 蒸し暑い日がつづく7月初旬でしたが、7
月4日の「森のおうち」はその名のとおり背の高い木々にかこまれ、さわやかな空気に満ちていました。
 今年
30周年を迎えた松本市の児童書専門店「ちいさいおうち」主催で開かれたさくまゆみこ先生の講演会は、図書館司書の方や文庫関係の方、保育士の方、書店の方、編集者、子育て中のお母様から本が大好きな中学生まで、70名近い方たちが参加してのなごやかな会となりました。


  

 
  ▲長編ファンタジーの表紙絵展、アフリカの鼓動絵本
    原画展が同時開催されました。

20107月4日(日)於:森のおうち
さくまゆみこ先生講演会

「クロニクル千古の闇 その魅力を語る」―全巻を訳し終わって―

「クロニクル千古の闇」シリーズは、2003年のフランクフルト・ブックフェアで初めて紹介されました。その際紹介されたのは、1巻の7章までと、6巻分の構成だけです。おもしろそうだな、という感じは持ったものの、すぐれた作品かどうか、これだけの材料で判断するのは、正直むずかしいものがあります。

 1巻を読みますと、氏族単位で暮らしている時代、どうしてトラクと父親はふたりだけで生活していたのかとか、トラクの任務はなんなのかとか、<歩き屋>という人物はだれなのかとか、さまざまな謎が出てきます。巻が進むうちに、その謎が解けたり、新たな謎が生まれたり、最終巻でわかったりしますが、翻訳している間は、まるで霧の中を進んでいるような気持ちでした。


 たとえば、最初に発表されたあらすじでは、
2巻の登場人物のテンリスが3巻にも登場するはずでした。あとでお聞きすると、ペイヴァーさんは「もう出さないことにした」とおっしゃっていました。6巻のタイトルも、はじめはWhite Raven(白いカラス)で、トラクがウルフの妻と子どもの死体を見つけるところからお話が始まることになっていましたし最後もトラクは死んだのではないか、と思わせる文章になっていました。

 「クロニクル」シリーズは、たいへん緻密なストーリーラインに細かく肉付けをしていくといったタイプの物語ですが、私は、最初考えたあらすじと、実際に書かれた作品がちがってくるのは、よい作品である証ではないかと思います。

 『博士の愛した数式』を書いた小川洋子さんのエッセイに『物語の役割』(ちくまプリマー新書)があり、その中で小川さんは「作者が考えたとおりに人物が動くのは、おもしろくない作品だ。書いているうちに登場人物が勝手に動きまわるのがよい作品だ」というようなことを書いています。
 ペイヴァーさんの作品もそうなのではないか、登場人物が勝手に動きまわっているのではないか、と思います。あらすじの
6巻分を読んだときは暗い気分になりましたが、実際の本はずっとよい出来になっていたと思います。トラク、レン、ウルフとその家族が生きていく、これからに希望があることに感動しました。

 「クロニクル」シリーズの舞台は6000年前なので、現代ものとちがって訳をするのがむずかしいです。文字もなく、金属もなく、農業もまだ始まっていない中石器時代のことです。たとえば、旅をするとき必要品を入れていくpackというもの、これはいったいどんなものだろう、籠か、袋か、箱か、文献を調べてみたけれどわかりませんでした。そこでペイヴァーさんにお聞きすると、「ハシバミの枝で枠を作り、あとはヤナギの細枝を編んで仕上げる」というお答えがありました。(「荷かご」という訳語にしました。)またワタリガラス族がたき火をするときのlong fireも、たてにlongなのか横にlongなのかわからないのでお聞きすると、「23本の丸太を並べ、短い枝を差しこんで火がつきやすくしたもの」と答えてくださいました。

 お返事をもらってある意味安心しました。この人は、ただのエンタメを書こうとしている人ではない、本格ファンタジーを書こうとしているのだ、ということがよくわかりました。最初の7章しか読んでいないので、判断にまちがいがあったら困るなと思っていましたが、そのとき、だいじょうぶだと思いました。単にアイデアだけで書いているのではなく、きちんと調べた上でリアリティをもって書いていることがわかったからです。ペイヴァーさんはまた、ただ文献を調べるだけでなく、実際に先住民の人たちの暮らしを体験してもいます。石のナイフや矢じりなどは、ご自分のコレクションを持っていらっしゃいます。物語世界をつくるために、たいへん努力している人です。

 このシリーズの特徴は、いっぱいあるほかのファンタジーとはちがっています。
 
まず時代設定がユニーク。
 
6000年前の人々は、自然現象ひとつとっても不思議がいっぱいだったでしょう。カミナ
リは、現在なら空中の放電現象と説明できますが、当時の人たちは、神か霊が斧や槌でたたいていると感じたかもしれません。シャーマンのような人ならば生霊わたりのようなことができたかもしれません。日常と神話が一体化したような暮らしぶりであったことでしょう。ペイヴァーさんの世界は、異世界ファンタジーとも言えますが、歴史物語と言ってもいいような要素を含んでいます。“リアリスティックフィクションとファンタジーの融合”と、私は表現しています。

 ▲オカミの視点で描かれる部分があること。
 人間以外の視点が入ることで、物語を複合的に見ることができます。
1巻の3章では、鉄砲水で家族を失い、濡れておびえておなかをすかせていた小さなウルフが、6巻の42章では、レンへの愛に悩んでいるトラクを見て、「こうするべきだ」というウルフの考えを伝えるまでになっています。ウルフはもう大人になり、トラクの保護者のような立場になっているわけです。また、ウルフの子どもの<小石>の視点で描かれるところもあります。(640章を朗読)<小石>は魂食らいのあやつるワシミミズクにさらわれもうだめかと思われたのですが生き延びました。このように、ウルフのストーリーもハッピーエンドになっています。オオカミ語も出てきます。魚犬=アザラシ、上=空、尻尾なし=人間などです。これは何を表現しているのかと思いながら読むのもおもしろい と思います。

 昔ながらの、すべてを手でつくる暮らしが丹念に描かれていること。
 
1巻でトラクが初めて獲物のノロジカを倒す場面を読みます。ここから理解していただけると思います。(1巻の6章から朗読)

 ぐと戦うのは人間だけではないこと。
ウルフはもちろんのこと、よそのオオカミの群れに加勢をたのんだり、ワタリガラスのリップとレックが活躍したりします。西洋人は、東洋人よりも、人間を他の生物の上におきがちだと思いますが、ペイヴァーさんは、この世界には人間だけが生きているのではない、人間が力にまかせて好き放題にしてはいけない、と考えていらっしゃるのだなと物語を通じてわかってきます。もちろん生きていく上で、他の生物の命をとらなければならない場面もきちんと描かれています。必要最低限の狩をし、命をうばうときは祈りの言葉をとなえ、何一つむだにしないのです。

  ジェンダーバイアスのかからない書き方になっていること。
たいていの冒険物語では、男の子が活躍しますが、ここでは、トラクと同じように少女のレンが冒険をします。セイアンという魔導師も女性です。魔術の力を持っていてけむたがられもすれば尊敬を集める存在でもあります。賢い知恵、鋭い感覚を持ったこういう人たちは、後年「魔女」と呼ばれて排斥されていきます。魔導師や氏族の族長も、男性と女性が入りまじっています。日本で出ている本では、こういう作品は少ないのではないでしょうか。
200911月、タイムズ紙に「この10年間で出た小説ベスト100」が掲載され、児童文学のエントリーは少なかったのですが、『オオカミ族の少年』が選ばれていました。また、イギリスの大きなふたつの児童文学賞カーネギー賞とガーディアン賞のうち『決戦のとき』がガーディアン賞の候補になっています。

 ペイヴァーさんの次の作品はDark Matterというタイトルで、北極圏に探検に出かける青年たちが主人公です。ゴーストが出てきます。読んでいてとてもこわかった。ちなみにペイヴァーさんも書いていてこわかったそうです。大人の本なので、「クロニクル」とはちがう出版社から出るでしょうが、「クロニクル」の世界の一部と共通するところがあって私はおもしろく読みました。


このあと参加者の方からの質問がありました。)

Q:「生霊わたり」「魂食らい」という訳
  をどうやって思いつかれるのですか?

A:瀬田貞二さんの『指輪物語』では、ストライダーが「馳夫」と訳されています。英語を、どう日本語で表すか、たいへん工夫している点で、すごいなあと思います。私も、この英語は日本語でどう言えるのか、と考えるのが好きで、考えた末にこのような言葉を選びました。

Q:5巻のタイトルはOath Breaker6巻はGhost Hunterです。直訳では、「誓い破り」「幽霊ハンター」ですが、どうして日本語タイトルでは『復讐の誓い』『決戦のとき』となったのですか?

A:日本の子どもにアピールする言葉と、原書のタイトルとはまたちがいます。内容に反しない範囲で、読んでみたいという気持ちにさせるタイトルを考えました。本文は意訳しないのですが、タイトルは意訳することがあります。ネタバレにならないようなタイトルを考え、編集部と相談して決めていきます。

  (この質問をしてくださった方は、物語の中でライチョウやアザラシのレバーを食べるシーンを読んでどうしても試してみたくなり、スーパーで鳥レバーを買ってきて飲んでみたそうです。さくま先生は「ペイヴァーさんは実際にトナカイのレバーを食べる体験もなさったそうですよ」とコメントされていました。)  
 

  
 ▲公演中のさくま先生。ズラリと「クロニクル」が並びま
   した!

 
  ▲ファンの方と語らう、さくま先生。どんなお話をなさっ
   たのでしょう。
   (講演会第2部のアフリカのお話にあわせ、衣装も
   アフリカンです。)

  1時間半におよぶ「クロニクル千古の闇シリーズ 全巻完結記念講演会」のあと、ティーブレイクをはさんで、アフリカのダイナミックな演奏と踊りのパフォーマンスがありました。今回の「長編ファンタジーの表紙絵展」と同時開催で「アフリカの鼓動絵本原画展」が開かれていたからです。さくま先生が文を書かれた『エンザロ村のかまど』(福音館書店)という絵本の絵を担当され、この4月に急逝された沢田としきさんの美しい原画が展示されていました。さくま先生はアフリカの民族衣装に着替えて、後半の「アフリカ展について 追悼沢田としきさん」の講演に臨まれました。さくま先生は「アフリカ子どもの本プロジェクト」の活動にたずさわっておられます。その経緯については『どうしてアフリカ? どうして図書館?』(あかね書房)にくわしく書かれています。

  
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     全巻 ミシェル・ペイヴァー作 さくまゆみこ訳 酒井駒子画 定価1800円+税

 
1.オオカミ族の少年  2.生霊わたり  3.魂食らい   4.追放されしもの
 5.
復讐の誓い     6.決戦のとき

 *「クロニクル通信」をお読みいただいている読者のみなさまへ
  小社HPに故障がありましたため、新着情報欄に掲載中だったバックナンバーのデータが失われてしまいました。
     お読みになりたい方は、「クロニクル千古の闇」ファンサイトを運営しておられる以下のURLでご覧ください。
     http://www.ancientdarkness.info